2008/05/25

さらば痛勤生活!

新たな勤務地への通勤は、前職のときと比べて、電車に乗っている時間で実に2倍ほどに増えたのだが、快適度も200%アップしている。


というのも、今の通勤経路は、一回都心を背にして戻り、始発から終点までの路線を経由するからだ。つまり一般的な通勤の人々と逆の方向の電車に乗るから、まずもって空いている列車だし、始発から終点までの路線については、いつも座ってゆったり。おまけにこの経路の混み具合は、山手線や銀座線なんかと比べれれば50%くらいだから、快適そのものの通勤だ。


つい先日、日経が「痛勤」という言葉を使って、日本の凄まじい通勤生活についてコラムをまとめていたけど、僕の場合はもうすでに、さらば痛勤生活!


行き帰りの電車の中では、ゆったり座って新聞を隅々まで読み込めるし、ポッドキャストにため込んだニュースや番組、講義などをたっぷりと楽しめる。おかげで仕事の疲れというものはほとんど感じない。いやはやありがたい通勤経路だ。

2008/05/17

新天地での発見

今週は新天地で初めてとなるイベントごとを無事終え、新たな会社での仕事の流れがつかめてきた気がする。そしてこれまでの代理店での広報と事業会社側での広報担当の立ち位置や環境の違いというものも見えてきた。


まずメディアの対応が明らかに違う。総じて紳士淑女的なアプローチで、取材依頼では確実にしっかりとした依頼票を提出してくるし、忙しい時間帯に連絡を取ってもいやな対応ひとつしない。何より丁重な姿勢で接してくる。もちろん代理店の担当者でも、複数の案件を手掛けている場合など、重要な情報ソースとして扱われるが、いざ事業会社側に実際に入ってみると、感覚的ではあるがメディアの対応がすこぶる良い。


また社内に集まってきて蓄積されている情報がとてつもない。代理店でも広報やメディアに関する情報は潤沢にあったのだが、これが事業会社となると各種事業の生データや最新ビジネス動向、財務や法務などの専門的ナレッジ、などなどと非常に有益な情報を瞬時に確認することができ、広報するうえでとてもやりやすい環境といえる。


これまでの環境をいざ出てみると、やっぱり本当にいろいろと学ぶことが多く、毎日がとても刺激的。

2008/05/11

上場の意味

カルパースをはじめとした大手年金基金や運用会社が、日本企業にコーポレートガバナンスの改革を求める発表をする、との囲み記事が今朝の日経一面にでかでかと掲載されている。この発表の肝は「日本の皆さん、上場企業の所有者というのは我々株主なんですよ。だからもうちょっと株主利益を考えた経営をしなさい」ということにつきる。

会社とは誰のものか?

会社は、従業員のものであり、顧客のものであり、地域社会のものであり、株主のものである、というのが僕の持論。しかしながら主語が上場企業に変わった途端、株主を意識する必要が格段に高まってくる。

多くの上場会社は、いわゆる「モノ言う株主」から責められ増配などの株主提案をつきつけられると、決まって我々の会社は従業員や顧客を大切にしていてそのために長期的にビジネスをしているから、そんな短期的な要求には答えられないと言い放つ。だけれどもこういう会社に限って、実は従業員や顧客のことをあまり考えていないのではないかと思ってしまう。

そもそもそういうような会社は上場をすることの意味合いを理解していないからだ。

上場により直接金融で潤沢な資金調達が可能になり、事業を飛躍的に成長させるのりしろが急速に膨らむその一方で、株主への責務という重要な義務を背負わなければならないことをいったいどれくらいの企業が理解しているのか疑問だ。この認識がしっかりとしていれば、株主からどんな要求があるかを事前に予測できるし、重要なステークホルダーのひとつの集団として株主への還元を適切に実施しようとするだろう。従業員や顧客への便益と株主への便益が二律相反するのであれば、そもそも上場すべきでないし、それがあとから分かったのであれば早期にMBOなどにより非上場化すればいい。

上場というのは企業の経営施策のひとつの手段にすぎず、それが目的になってしまうことはあってはならない。しかしながら残念なことに、多くの企業で上場そのものが目的になっていると見受けられるケースが見られる。上場すれば創業者利益が入るし、担当証券会社も潤う。メディアにとっても恰好のネタになる。だから上場自体をとがめられることはあまりないのだろう。手段の目的化というのはとても危険である。日々の仕事においてもさることながら、経営陣がこのような考えに陥るとその会社の行く末は危うい。

来月の株主総会シーズンはおそらく前年にも増してモノ言う株主と上場会社の対立が明確化し、シャンシャン総会とはいかないであろう。これまでは一部のアクティビストファンドが孤軍奮闘している様相だったが、カルパースのようなエスタブリッシュな金融機関もモノ言いだすことで、日本企業は待ったなしの改革を迫られることは必至だ。

日本の市場が真の意味で資本主義を具現化するために、このことは避けて通れない。激しくても建設的な論戦によって、日本企業の金融リテラシーが向上することを強く期待している。

このような状況下においては、外野であるメディアとても重要だ。特に影響力が絶大なTVメディアは、単に偏狭なナショナリズムによる鎖国主義的な考えのもとで、過激な対立構図をセンセーショナルに報じるだけでなく、物事の本質を捉えて中立的且つ適切な報道姿勢を崩してはならない。

2008/05/10

縁 - Small World -

転職をして1週間しか経っていないのだけど、なんだかもう半年近く今の会社で仕事をしている感覚がする。まだまだ分からないことも多いし、いろんなことを学んでキャッチアップに励んでいる一方で、コミュニケーションの仕事という点では前職での経験とつながっているから、予想していたよりも転職によるカルチャーショックは少ない。


しかしながら世の中、「縁」っていうのは確かに存在するんだなぁとつくづく感じる。というのも今の会社で不思議なつながりが続々と判明しているのである。同じ部署の同僚が、前職の後輩の地元の友人だったり、関連する部署に1か月先に入社していた同僚が、実は前職の関連会社出身だったりと... 口あんぐりなビックリ具合だった。


前職から付き合いのある先輩が転職をしたときにも、こんなような驚きの「縁」のつながりというのがあったという話を聞いていたけど、まさか自分も、という感覚。


It's a small world.

2008/05/06

ブランドの横展開

ゴールデンウィーク最終日の今日は、ひさしぶりに銀座に足をのばしてみた。お目当てはアルマーニ銀座タワーのレストラン。ランチに挑戦。


タワー10階の最上階に位置するそのレストランは、ゴールドを基調としたきらびやかな内装で、"らしさ"を感じとることができるつくり。

そして肝心の料理はというと、・・・

自分の期待が大きかったせいもあるのだが、まあまあのレベルといったところで、ドスンとくるような感動は残念ながらなかった。もちろん決して"まずい"ということではないのだが...


ここで今一度ブランドの横展開について考えてみた。

アルマーニを含めて高級ブランドではここ最近、それぞれのブランドのレストランをはじめたり、またブルガリにいたってはホテルを展開するなどと、ブランド横展開に躍起になっている。ファンにとっては新たな取り組みには期待は高まるし嬉しいものの、各ブランドにとっては横展開する事業にもよっぽどの高い質を持ってしてサービス展開しなければ、この戦略は諸刃の剣になってしまうのではないか、とも思う


高級ブランドというは、絶大な信頼と支持を得続けているからこそ、そのプレゼンスを維持し続けていくことができる。服やバック、装飾品といったものは、素材と型、デザインが決まればある程度は品質をコントロールすることが容易であり、比較的ブランド力の維持がしやすい部類に入ると思う。


しかしながら「食」においてはこうはいかない。日々の一品一品において常に細心の注意を払わなければならず、吉兆のような老舗でも不祥事が起きれば一夜にしてそののれんの信頼度は失墜してしまう。今回のランチでも元のブランドの存在感もあって僕の期待が高すぎたということもあるけど、正直なところ残念な味だったし、そういう体験をするとそのブランドそのもののイメージも変化してしまう。つまり本業プラスアルファの新たな取り組みとしてはじめた事業によって、本業でのブランドが少なからず傷つくということもありえるということだ。特に高級ブランドはそのブランド価値がとてつもなく高いがゆえにこのリスクは今後もついてまわるような気がしてしまう。

2008/05/05

学習性無力感

ここのところの日経では、「働くニホン 現場発」と題された連載が一面で展開されているが、今朝分のコラムでドスンときた言葉があった。

「学習性無力感」。

コラムの中では気性の荒いカマスという魚とそのえさの小魚を一緒の水槽に入れ、カマスと小魚の間を透明の板で仕切ると、最初のうちはカマスは体当たりを繰り返して小魚を獲ろうとがんばるのだが、無駄だと分かるとパタッとその体当たりをやまてしまうというエビソードのもとで紹介されている言葉であるが、なんだかとても印象に残ってしまった。

どんな組織でも最初はそれぞれの個人個人で見ればモチベーションは高いと思う。しかしながらしばらくするとそれぞれが様々な局面で壁にぶち当たる。最初のうちは、カマスのように壁を何とか乗り越えようとするのだが、時間が経つにつれてこれまたカマスみたく挑戦することをやめてしまう。

コラムには実験の続きも紹介されていて、小魚を獲ることを無駄だと気づいてしまったカマスの水槽にまた別のカマスを入れてみると、その別のカマスというのは当然ながら小魚を獲ることに躍起になるのだが、興味深いことにその姿に感化されて小魚を捕まえることをあきらめたはずのカマスまでもう一度小魚を追い求める行為に及ぶらしい。

組織という観点からすると、社員のモチベーションを高く維持し続けるための肝は、要は学習性無力感に到達してしまう個人をいかに減らし、またそれに達してしまったひとをどのようにもう一度エンカレッジできるかどうかにあると思う。

2008/05/04

組織を学ぶ

今月から新天地での勤務がはじまったわけだけど、やっぱり新しい環境というのは気分が引き締まる。新鮮な気持ちで物事に取り組むことができるし、自ずとモチベーションが高まる。


今回の転職は、これまでの代理店という立場からもっと当事者意識を持って仕事をしてみたいということで事業会社での業務に挑戦したいということがきっかけなのだが、いざ新天地に入ってみるとそれ以上に学べるものがわんさかと満載だった。


代理店という組織は、いってみれば個人商店。それぞれの部、課、そして個人がそれぞれの担当顧客を持ち、広告代理店だったら広告の各種サービスを、PR会社だったらばPRのサービスを提供していく。それに対して事業会社というのは、明確なビジョンとビジネス領域、業種といったものを全社全体で共有し、技術職から営業職、人事・マーケ・財務・宣伝・広報などといったバックオフィスなどのさまざまな職種のスタッフが目標に向かって一丸となって突き進んでいく組織である。もちろん代理店でも、強いビジョンをもっている会社も少なからず存在するが、事業会社と比べると掲げるベクトルに向かって組織として団結するパワーは弱いと感じる。

事業会社にどっぶりと入り込むことで、自分の会社のビジョンや目標を心底理解し共有したうえで、各種のコミュニケーション施策を展開できることができ、これまでと違った視点で物事を捉え、考えをめぐらすことが100%実現できるので、代理店生活が長い僕にとって非常に新鮮だ。組織という視点をしっかりと踏まえたうえでの新しいコミュニケーションの各施策に果敢に取り組んでいきたい。