2008/05/11

上場の意味

カルパースをはじめとした大手年金基金や運用会社が、日本企業にコーポレートガバナンスの改革を求める発表をする、との囲み記事が今朝の日経一面にでかでかと掲載されている。この発表の肝は「日本の皆さん、上場企業の所有者というのは我々株主なんですよ。だからもうちょっと株主利益を考えた経営をしなさい」ということにつきる。

会社とは誰のものか?

会社は、従業員のものであり、顧客のものであり、地域社会のものであり、株主のものである、というのが僕の持論。しかしながら主語が上場企業に変わった途端、株主を意識する必要が格段に高まってくる。

多くの上場会社は、いわゆる「モノ言う株主」から責められ増配などの株主提案をつきつけられると、決まって我々の会社は従業員や顧客を大切にしていてそのために長期的にビジネスをしているから、そんな短期的な要求には答えられないと言い放つ。だけれどもこういう会社に限って、実は従業員や顧客のことをあまり考えていないのではないかと思ってしまう。

そもそもそういうような会社は上場をすることの意味合いを理解していないからだ。

上場により直接金融で潤沢な資金調達が可能になり、事業を飛躍的に成長させるのりしろが急速に膨らむその一方で、株主への責務という重要な義務を背負わなければならないことをいったいどれくらいの企業が理解しているのか疑問だ。この認識がしっかりとしていれば、株主からどんな要求があるかを事前に予測できるし、重要なステークホルダーのひとつの集団として株主への還元を適切に実施しようとするだろう。従業員や顧客への便益と株主への便益が二律相反するのであれば、そもそも上場すべきでないし、それがあとから分かったのであれば早期にMBOなどにより非上場化すればいい。

上場というのは企業の経営施策のひとつの手段にすぎず、それが目的になってしまうことはあってはならない。しかしながら残念なことに、多くの企業で上場そのものが目的になっていると見受けられるケースが見られる。上場すれば創業者利益が入るし、担当証券会社も潤う。メディアにとっても恰好のネタになる。だから上場自体をとがめられることはあまりないのだろう。手段の目的化というのはとても危険である。日々の仕事においてもさることながら、経営陣がこのような考えに陥るとその会社の行く末は危うい。

来月の株主総会シーズンはおそらく前年にも増してモノ言う株主と上場会社の対立が明確化し、シャンシャン総会とはいかないであろう。これまでは一部のアクティビストファンドが孤軍奮闘している様相だったが、カルパースのようなエスタブリッシュな金融機関もモノ言いだすことで、日本企業は待ったなしの改革を迫られることは必至だ。

日本の市場が真の意味で資本主義を具現化するために、このことは避けて通れない。激しくても建設的な論戦によって、日本企業の金融リテラシーが向上することを強く期待している。

このような状況下においては、外野であるメディアとても重要だ。特に影響力が絶大なTVメディアは、単に偏狭なナショナリズムによる鎖国主義的な考えのもとで、過激な対立構図をセンセーショナルに報じるだけでなく、物事の本質を捉えて中立的且つ適切な報道姿勢を崩してはならない。

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