2007/08/28
感情論
喜怒哀楽を包み隠さず表して訴える感情的主張というのは、人間として本能的な表現であり、非常に理解されやすく、共感を得る場合が多い。やはり誰かが涙をちらりと流して懸命に何かを訴えていたならば、ほろりときて、なんだか分からないままつい同情したくなる心情にかられるし、怒り心頭で力強い主張を展開していたら、圧倒されてしまい感化されやすい。要するに、喜怒哀楽の激しい感情論は、非常に伝播しやすい。
一方で、緻密に理論武装されて無駄がなく、理路整然と繰り広げられる論理的主張というのは、小難しく退屈で、理解できないものだから、共感もしづらい。学者なんかが出てきて、この問題は○○理論という学説からしたら、これこれこうならなければいけません、と言われても、ちょっととっつきにくい。
人間も動物なので、本来、何らかの欲望に突き動かされて行動する。腹が減れば苛立つし、眠たければ機嫌が悪くなる。本能から来る欲望は、動物である以上いかんともし難い。人間はこの本能をある程度コントロールするために、その知識でもってしてルールつまり法律や宗教をつくり、理性という概念を敷くことで対応してきた。
つまりは元来感情的な存在である人間は、元々論理的主張を受け入れるのが苦手なのだ。しかし時として、感情論先行の思考は、物事の方向性を惑わしてしまう危険性をはらんでいることも頭の片隅に置いておかなければならない。概して感情論は短期的な思考をベースとしており、論理的主張に比べて客観性を伴う根拠が少ないケースが多いからだ。また世の中にメッセージを中立的に伝えていく役割を担うメディアも感情論擁護に傾きやすい性質がある。メッセージの受け手は、リテラシーとして論理的かつ客観的な思考をもってして、世の中の様々な議論について向き合い、本質に迫ることが必要であると思う。
2007/08/26
ベトナムと麻布十番
まずは定番の生春巻き。ぷりぷりのエビがたまらない。

次に揚げ春巻き。レタスなどをまいて食べる。これはまさしく絶品。
そしてサラダ。セロリなんかが入ってて、感触がさくさくしておいしい。
そしてきわめつけはフォー。健康志向のいまのからだの状態としては、最高の麺類。スープまでたいらげる。
ベトナム料理のあとに、麻布十番祭りのちらりと足を運ぶ。祭りの雰囲気を堪能するものの、あまりの人の多さにそうそうに退散し、三軒茶屋にとんぼ帰りして、焼き鳥を堪能。。
2007/08/25
LTCM
そのファンドの興亡をつぶさに描いた一冊がこれ。
最強ヘッジファンド LTCMの興亡 (日経ビジネス人文庫)
膨張しすぎたリスクマネーが一気逃げ出す。この構図は、サブプライムを発端にした今回の世界的な金融危機にも当てはまる。分かりやすくいえば、銀行の取り付け騒ぎと同じ構造だ。ある銀行が何らかの理由で経営不振に陥り、メディアなどを通じてその事実が世の中に伝わる。場合によっては破綻に陥るかもしれないということで、その銀行の預金者たちは一斉に預金を引き出そうと躍起になり、朝から晩までその銀行に列をなし、ことがどんどん大きくなり、いわばパニックに発展する、という具合だ。LTCM破綻もサブプライム問題も、そんな人間のヒステリーとでも呼ぶべき感情も関係している。どこかの時点で、ゆきすぎたリスクから逃げたいとの感情をもち、それが波及し世界的な混乱への発展するのだ。
この本に中でとても興味深く読んだ一説が下記の箇所。
(LTCMパートナーは)、トレーダーなるものが、ランダムに動く微粒子どころか、機械的な理論家ですらなく、じつは欲と恐れとに突き動かされる人間であって、極端な振るまいに走ったり、急に気が変わったり、群集につきものの行動をとる存在であることを忘れさっていた。...生身のトレーダーを操る、禿鷹そこのけの、がっついた、何をさておきわが身を守ろうとする本能を忘れ去っていた。人間性という要因(ヒューマン・ファクター)をないがしろにしていたのだ。
金融工学といった学術的な研究がどれだけ発展しても、市場に関わっているのは人間であり、それが市場を時に大きく混乱させるということだと思う。まさに神のみぞ知るといわれる所以だ。
2007/08/22
週中のカフェディナー
2007/08/21
金融教育の必要性
日本、広くはアジアでも、お金についておおっぴらに語ることは卑しいとされ、僕も小さい頃からお金は恐いもの、貯めてから使うものと、親からも先生からも繰り返し教えられてきた。そのような概念のみ長年かけて刷り込まれ、一方で、お金の役割であるとか、使い方のような実践的なことについて学ぶ機会は少ない。これは小中学生のときから、投資だとか運用だとかについて学ぶ機会がある欧米の先進国の教育環境と比べた場合、金融教育の機会の格差と言える。
金融教育の欠如によって、個人は金融機関の餌食になりやすく、企業は外国資本の標的になっていると言っても当たらずも遠からずだと思う。
かくいう自分も金融関連の仕事に関わる以前は、金融の基礎的な知識は皆無に等しく、日本経済新聞を読んでも半分以上の内容が理解できなかった。数々のプロジェクトでの金融関係者とのやりとりから、いろいろな内情や金融の本質を垣間見ることができ、ぼんやりとではあるがその実体がつかむことができつつある。
以前、あるファンドマネージャーが日本企業の特長を批評した際のコメントが印象に残っている。企業の成長を考えるうえで、「人材力」、「技術力」、「金融力」が3つの要素がカギとなる。日本企業は人材力と技術力では、総じて国際的にもトップクラスにランクされる。日本人はよく働くし、モラルも高い。それにものづくり大国として、自動車から家電製品に至るまで、その高い技術力を組み込んだ製品を世界各地に輸出している。TOYOTAやSONY、NINTENDOなどはいずれもグローバルトップブランドだ。しかしながら、こと金融力については言えば、改善の余地がたぶんにあるとそのファンドマネージャーは力説した。加えて、成熟した日本経済をさらに発展させていくとしたら、この金融力を強化しなければならないとも言う。
マネーゲームの象徴的な存在となった村上ファンド。村上さんは「お金儲けは悪いことでしょうか?」とメディアを通じて国民に訴えた。インサイダーなどの法律違反やいわゆるグレーな金融取引は断固として取り締まるべきだし、許されるべきものではない。しかしお金儲けを悪いことではない。ここは少なくともブレてはならない。金融力を強化するには、まずはお金に対する概念を少しずつ多面的に捉えていき、その実務的な有用性を理解することができるような金融基礎教育が必須であると思う。
2007/08/20
若者から見た格差社会問題の本質
一部の政治家やメディアはこぞって、日本社会における格差が拡がっていると訴える。僕が身にしみて感じることができるのは、世代間の格差だ。日本は超高齢化社会に突入している。当然ながら若者世代の負担は増える一方で、将来の便益は間違いなく減るだろう。その意味では、若者世代と、潤沢な退職金と年金で薔薇色生活を送っている団塊世代との格差はあると言える。
一方で総じて格差が拡がっているかという点。これについては様々な議論がされているようだが、はっきりしない。ますますリッチになった富裕層もいれば、極貧生活から成り上がった成金組もいるし、バブル崩壊で一転して生活に逼迫した元金持ちもいるだろう。昔からお金持ちのひとはいたし、貧乏のひともいる。だから極端な二極分化が進んだかと言えば、そんなことはないような気がする。むしろ日本社会の特長とされた中流世代が変質しつつあることが問題の根幹だ。
それではなぜ中流世代が変質し始めたのか。これには日本という国が、新たなフェーズに突入していることが大きく関係していて、その転換そのものと言ってもいい。新たなフェーズに入っていることを示すいくつか象徴的な要因があるが、まず挙げられるのが日本の経済発展の終焉。戦後いくつもの特需によって目覚しい発展をとげ、焼け野原の裸一貫からの驀進を続けてきた日本だが、今後そこまでの急速的な経済発展をすることは難しい。日本は成熟したのだ。
全国各地に電車やバスが走り、飛行機も飛び、道路は完全に整備されている。水道や電気、電話なども行き届いているし、インターネットだってきちんと配備されている。インフラは世界一といってもいい。またコンビニやファミリーレストラン、大型スーパーマーケットだってどの都道府県にもある。ほとんどの国民の衣食住は満たされていて、映画だの旅行だのと適度な余暇も楽しめる。法整備もしっかりしているし、治安もよい。まさに国としては首席の成績だ。日本は到達するところまで登りつめたのだ。
内需の経済発展が止まることで、その発展を支えてきた日本企業にもブレーキがかかる。これもひとつの要因だ。これまでは右肩上がりの成長神話の中で、イケイケドンドンでモノを作っても、供給が追い付かないくらい需要が増え続け、企業は潤った。その安定したビジネス機会を基盤にして、終身雇用や年功序列、退職金制度に代表される日本的雇用慣行が生み出され、日本企業は隆盛を極めた。
しかしバブル崩壊。日本経済も日本企業も重要な転換期に突入したのだ。つまりイケイケドンドンは通用しない。頭を使ってビジネスチャンスを探さなければ、当然ながら企業も収益を稼ぎ出すことが難しくなった。従来の日本的雇用慣行も崩れ、苦渋の選択としてリストラも断行。外国資本が日本を買い漁り、新たなビジネス機会を見つけて続々と日本に参入した。一段とアングロサクソン的な欧米思想が広まっていく。つまり、競争をして上位に入らなければ、企業として存続することは難しい。このようなことが、格差が叫ばれる発端となったと思う。
しかしよくよく考えれば、資本主義社会の形態をとっている国とすれば、当然といえば当然の流れではないだろうか。この動きは社会としての栄枯盛衰のプロセスからは避けられない過程だ。
そして先月の参議院選挙での民主党の躍進と自民党の大敗。格差社会是正を掲げる民主党を国民が支持したのだ。勝手な解釈かもしれないが民主党の主張は「一億層中流に戻ろう」というメッセージに聞こえる。上記に挙げた要因からすれば、正直、実現は難しいだろう。
若者世代のひとりとして、この方向性には同意すること難しい。ゆきつくところは資本主義もどきの社会主義国家なのか、真の資本主義国家なのかという点だ。現在の国際情勢や経済を鑑みれば、やはり後者のほうが望ましい。資本主義は、確かに勝者も敗者も生む。今以上に中流層の変質が進行するかもしれない。中期的には、いわゆる格差は拡大し、日本社会ひいては国民も痛みを伴うかもしれない。しかし、長期的に日本のさらなる発展につながるとしたらどうだろう。若者としては、強くエキサイティングな日本社会になってほしい。その意味では、過去の栄光にすがりついた逆行ではなく、未来に向けて日本文化とうまく波長を合わせた資本主義を推進することが望ましいのではないかと考えている。
2007/08/19
穏やかな日曜日
午前中はマックで読書。しかしここ最近のマックの変貌ぶりは目覚ましい。とにもかくにもお店に入りやすくなった感じがする。まずお店がリノベーションされて、そこそこおしゃれなカフェのようになり、ひとりでの読書には最適だ。スタバやタリーズのコーヒーはおいしいし雰囲気も好きだけど、何より店内が混んでるのでなかなか落ち着かない。マックなら店舗は総じて広いし、パーソナルスペースをしっかりと確保して、ゆったりとできる。あとは100円ワンコイン商品の充実。コーヒーやハンバーガーなどがそれぞれワンコインで楽しめてしまうのはやっぱりうれしい。下手なすかした今風のカフェでたいしておいしくもないけどいい値段のコーヒーをすすることはもうなさそう。マックはマックカフェなるもののローンチも予定しているらしいので個人的にとても楽しみ。

ランチは駒沢のタイカレー屋さん ピキヌー。そのおいしさと辛さがやみつきになり、この夏の猛暑もあって最近は辛いものへの食欲がわき続け、2週間に1度は通っている。
きょうはエビのカレー。カレーライスはもともと大好きな食べ物なので、ぐいぐいと食が進み、いつもスープを飲むがごとく数分で平らげてしまうので、ゆっくりおっとりの相方さんからはいつもひんしゅく。
日曜の夜は、やっぱりウチごはん。サザエさん見ながら、ゆっくり食事。一番好きな時間です。
2007/08/18
楽しい土曜日時々腹痛: 健康朝食→韓国ジャンク→ヒップ駒沢→花火。
ランチは行きつけの韓国レストランで、半年ぶりのラーメンのチャレンジ。それもカルビラーメンという代物で、韓国料理らしく辛くて辛くて、いわゆるジャンクっぽい食事。。ここ最近は野菜や魚中心で油を控えた食事をとってきて、牛丼やラーメンなどのファーストフードを極力避けてきた。そこで久しぶりに今日ジャンクラーメンを食したのだが... ...おなかを壊してしまった。。体というのは非常に興味深く、本当によくできているもので、しばらく摂取してきた主要な栄養素を変えると、それに慣れてしまってきた体内は、異なる食物が入り込んだと感知し、それを拒絶する。学生のときに、舌を噛んでしまい、その傷口にばい菌が入り込んでひどい口内炎になって、しばらく固形の食物が食べられないことがあった。1週間ほどして傷口が完治し、景気づけに焼肉を食べたのだが、味はすこぶるおいしくて喉ごしよく食せるものの、胃袋にはかなり応えたらしく、ひどい腹痛に悩まされた。
当分またラーメンはやめておこう。。
ディナーは、友達カップルとともに駒沢のバワリーキッチンへ。おなじみのスパイシーチキンサラダやオムライスなどをよく冷えた生ビールとともにいただく。やはりバワリーは料理もおいしく、何よりその雰囲気が好きだ。芸能人もよく来店するらしく、最近では元ヴェルディの北澤選手一家が来ていた。
その後、駒沢公園にて花火を楽しむ。今日はたまがわの花火だったけど、やっぱり自分でやる花火もなかなか。いつの間にか9月も間近だけど、夏の風物詩を満喫。
2007/08/17
サブプライム
今日の東京市場の下げ幅には驚いた。ここ最近、”サブプライム”という言葉が新聞を騒がしている。プライム (Prime) という言葉は、”第1級”のという意味であり、その前にサブ (Sub) という”下位”を示す単語が続いているから、言語的には2流とか3流という意味合いだ。それから派生して、いわゆる信用力の低い人々向けのローンを総称してこう呼ぶ。
米国では、ヒスパニック系の移民が増え続けており、いまや最大のマイノリティとなっている。ヒスパニックに代表される移民であるため、職に就くのも一苦労で、当然ながら所得は高くはない。サブプライムは、まさにヒスパニックのような所得が低く、信用力が低い層に向けて貸し付けた住宅ローンのことであり、地価が上昇を続けていた米国では、不動産会社や金融機関がなりふり構わずこのサブプライムローンの貸出競争を激化させていた。ローンの貸し手としては、地価が上昇傾向にあれば、仮にローンがデフォルトした際にも、それを補填できるからだ。それゆえ地価上昇神話に踊り、無謀な貸し出しを続けたのだ。
今回、米国での住宅ローンのデフォルト問題が一斉株安という世界市場の混乱にまで波及したのは、各金融機関がそのサブプライムローンを証券化することで新たな金融商品として転売し、それを利回りの良いデリバティブ商品に組み込み、高い利回りの投資先を求める世界各国のファンドが買い漁ったことにある。つまりサブプライムのデフォルトリスクは、分散という形で全世界に拡がっていたのである。
それでいよいよサブプライムローンのデフォルトが顕在化し、金融機関やヘッジファンドが購入していた証券化の金融商品にも価格下落という形で影響が出てきた。また買い手の金融機関やファンドも自己資本ではなく、どこからか資金を調達してそのお金でサブプライムローンの証券化商品を買っている。今回はその資金調達の蛇口もいっきに硬くしめられ、これによりいっきに問題が深刻化しているようだ。
素人からしてみれば、2つほど思うところがある。まずそもそもサブプライムローン自体、少し無謀なローンなのではないかという点。やっとこさ生活しているというレベルの人々に対して、マイホームが手に入りますというような甘い誘惑を仕掛けて、ローンを売りさばく。なんだか一時期の日本におけるサラ金の手口と似ている。ローンの借り手の信用力からしてリスクはかなり高いと思われるが、不動産販売会社や金融機関は住宅バブルという幻想にどっぷりと浸りきってしまい、その本質を軽視して踊っていたように思う。
もう一つはますます高度化する金融商品の危険性。金融工学を研究した数学チャンピオンみたいな人々が、難しい算式とコンセプトを生み出して新たな商品が作られる、それに金融機関やファンドが群がる。今回驚いたのは、サブプライムローンが組み込まれていた金融商品の本質を、金融業界の人々もしっかりと理解できないほど商品が複雑化しすぎ、また証券化というかたちで小口化され、それが世界各地で売買されるため、リスク分散が行き過ぎて、リスクの不透明化につながっているということだ。
サブプライムの問題が大きくなる前に、夏のボーナスで米国の中小型株を購入していたのだが、今の時点で1割強の含み損を抱えてしまった。グローバルのうねりを体感。。
2007/08/16
いろいろな人々。
まず社長さん。日本で巨大な大企業のトップに立つ方々には、当然ながらそれなりの風格がある人が多い。地味だが仕立ての良いスーツを着こなし、重厚感のあるどっしりとした靴を履き、落ち着いていながらも、どこかに鋭い輝きを感じる。当然、日本の最高学府、東京帝国大学を卒業した超エリートが大半。もちろん頭は切れる。
何人もの社長さんに会ってきて、取り巻きへとのやりとりを見てその企業体質が瞬時に分かるようになった。社長さんがいつも命令口調で指示をしていれば、十中八九で体育会系の企業文化だし、比較的親しくやりとりをしていれば、その会社はいわゆる風通しの良い文化であることが多い。
僕の勤めている会社は、型にはまった上下関係もないし、社長以外はさん付けで、間違っても上司を○○部長などと呼ぶことはない。そんな環境に長らく身を置いてきた自分としては、伝統的な日本企業に残る官僚体質にはアレルギーがあり、到底受け入れられない。官僚体質で体育会系の会社の社長やその取り巻きを見ると、そのような企業に入らなくてよかったと改めて思う。
続いてファンドマネージャー。世間では「ハゲタカ」というレッテルを貼られることが多い当事者達だ。もちろんファンドの中にも、企業債券ファンドやバイアウトファンド、ヘッジファンドなどと様々なタイプがあり、それぞれに特長があるのだが、僕がよく接する人たちは、最も急先鋒のプレイヤーとされているアクティビストファンドのファンドマネージャー達である。彼らの特長でまず挙げられるのは、すこぶる頭が良く、回転と切り返しがとてつもなく早いこと。そして熱しやすく、忘れやすい。まさに1分1秒を生きている感じだ。常にアドレナリンが出っぱなしという印象の人が多い。
いわゆる重鎮とされる人でも30歳後半から40歳前後。中には30歳くらいで1兆円を超える資金を運用しているファンドマネージャーもいる。僕と同じくらいの年齢で、世界経済のうねりを生み出している人に会うとビンビンと刺激を受けると同時に感慨深く思う。彼らとのプロジェクトが一番エキサイティングでダイナミックだ。
ロビイスト。政治家や政府と顧客とを結びつけるロビイング活動を生業にする人々だ。日本ではまだまだ生粋のロビイストはいないとされ、僕がこれまでに接触してきた人もみな米国人のロビイスト達である。彼らは笑顔がとても素敵だ。ロビイストは政治家や官僚、オピニオンリーダーなどとのネットワークを幅広くめぐらせ、そのネットワークを活用して企業や組織からフィーをもらう。いわゆるネットワーキングに強く、コミュニケーション能力が高い人物が適任で、それゆえに人当たりがとてもいいのだ。




